
母が昔から気にかけていた同級生と付き合った俺が「うちの母には内緒で」と念を押したわけ
彼女に「私のこと、お母さんに言えない理由があるの?」と聞かれても、肝心なところは言えないままでした。その数日後、母からかかってきた電話の声は、いつもより弾んでいました。
母の口ぐせだった同級生
高校1年のころ、食卓で母がこう聞いてきました。
「くるみパンの子、あんたと同じクラスでしょ」
母の話では、その子は登校前にいつもくるみパンを1つ買っていくそうです。毎回お礼を言い、袋はいらないとカバンにしまうのだとか。母は決まって、こう付け足しました。
「ああいう子と仲良くしなさいよ」
それから母は、何かにつけてその子の話をしました。うっとうしいと言い返しながら、教室でその子の席を目で追っていたのは俺のほうです。結局、卒業まで用事以外で話したことはありません。そのくるみパンの子が、今の彼女です。
念を押した本当の理由
去年の同窓会で隣の席になり、俺から連絡先を聞いて付き合い始めました。うれしい半面、浮かんだのは母の顔です。帰省するたびに「くるみパンの子、元気にしてるかね」と聞いてくる母が、付き合っていると知ったらどうなるか。店に来た彼女に「うちの子にずっと話してたのよ」くらいは言いかねません。気になり始めたきっかけが母の口ぐせだったなんて、彼女に知られるのは格好がつきませんでした。
先月、俺から「結婚のことも、ちゃんと考えてるから」と伝えたばかりだったのに、改札の前で念を押すように口にしたのはこれでした。
「うちの母には内緒で」
彼女は「わかった」とうなずきました。母の大きな声が漏れるのが嫌で、母からの着信も外で受けました。休日に2人で寄った地元のパン屋の前で「そこはやめとこう」と腕を引いたのも、その日は母が店に出ていると知っていたからです。彼女の目にどう映っていたかまでは、考えていませんでした。