
「親に会う日、あの服着てきて」彼が指定したのは一番着たくない服→玄関で彼の母が小さく声を上げた
お茶と羊羹を出したあとも、彼の母の視線は何度も私の服へ戻ってきました。帰り際にかけられた一言を褒め言葉と受け取っていいのか、私はまだ決めかねています。
「あれがいいんだ」と譲らなかった彼
付き合って3年になる彼と結婚の話が進み、彼の両親へ挨拶に行くことになりました。その日のために、紺のセットアップを買ったばかりです。私の部屋のソファでカレンダーに印をつけていた彼が、顔を上げずに言いました。
「親に会う日、あの服着てきて」
浮かんだのは、初めての旅行で着たからし色のワンピースでした。旅先の雑貨屋で勢いで買ったものの、帰ってから友人に「発表会みたい」と笑われ、それきり袖を通していません。手持ちの服の中で、一番着たくない1着でした。
「あれ、子どもっぽいでしょ。紺のセットアップにしようと思ってたんだけど」
「あれがいいんだ。頼む」
理由を聞いても、彼はカレンダーを見たまま首を振るだけ。紺のセットアップは、タグをつけたまま紙袋に戻しました。
玄関で聞こえた小さな声
当日は、からし色のワンピースに白いカーディガンを重ねて、彼の実家の門をくぐりました。インターホンを押すと、少ししてドアが開きます。出てきた彼の母は、私の顔より先に服へ目をやりました。
「あら、黄色」
小さな声でした。彼の母はそれから彼のほうをちらりと見て、どうぞと中へ招き入れてくれました。
派手すぎたのだと思いました。挨拶の場に黄色を着てくる人だと、最初の数秒で決まってしまった気がします。脱いだパンプスを、2回揃え直しました。