
「まだ使えるのに」とだけ言った俺が、妻の捨てたマグカップを4年間使い続けた理由
引っ越しの荷造りの日、不燃ごみの袋に入っていく青いカップを、俺は黙って見送れませんでした。画面越しに見ていたあのカップの話を、妻にはまだ一度も話していませんでした。
画面の端に映っていたカップ
妻と付き合い始めてまもなく、俺の転勤で1年ほど遠距離になりました。毎晩のように通話をつないでいた頃、画面の向こうの彼女はいつもあの青いマグカップを両手で持っていました。仕事の話をするときも、眠そうに笑うときも、カップは決まって画面の端に映っていたのです。
一緒に暮らすと決めて、彼女の部屋で荷造りを手伝っていた日。不燃ごみの袋に、そのカップが入っていくのが見えました。
「まだ使えるのに」
「欠けてるし、もういいの」
本当に言いたかったのは、そういうことではありませんでした。あの1年まで一緒に袋へ入れられたように見えたのです。ただ、それを言うのは自分でも大げさな気がして、それ以上は口にしませんでした。
袋の口をほどいた日
彼女が段ボールをもらいにスーパーへ出かけたあと、結ばれた袋の口をほどきました。カップを新聞紙で包み直し、自分のリュックの底に入れました。妻に告げずに持ち出したことは、4年間言えないままでした。
新居の食器棚に並べる勇気はなく、会社の机に置くことにしました。始業前に給湯室でコーヒーを入れ、そのカップで仕事を始めます。企画が通らなかった日も、残業が続いた週も、取っ手の欠けに親指がかかるたび、画面越しに相づちを打ってくれた彼女を思い出しました。