
母の味を守っているつもりだった俺が、自分の言葉の出どころを知った食卓
妻が実家へ通ううちに、子どもの頃の食卓が浮かびました。父が口にしていた1行と、次の週には変わっていた母の煮物のことです。
実家の煮物が食卓にあると、家が回っている気がした
妻の作る煮物は、俺の知っているものより薄い味でした。責めるつもりはなく、事実として何度か口にしています。それで、
「母さんに教わってきてよ」
と言いました。妻はしばらく黙ってから、分かったと答えました。月に1度、実家へ通うようになったことは、後から母に聞いています。教わって帰ってくればそれで済む話だと考えていました。妻がその場ですぐにうなずかなかった理由を、あの頃の俺は考えていません。実家の煮物が食卓にあると、その日が片づいた気がしていたからです。
俺が覚えていたのは、味ではなく言い方だった
妻が通いはじめてから、子どもの頃の食卓を思い出すようになりました。父は煮物を口に入れると、
「実家のと違うな」
とよく言っていたのです。母はそのたびに何も返さず、次の週には味が変わっていました。俺はその流れを、母の腕が上がっていく過程だと思って見ていたのです。母が小皿に取って味を見る場面を、俺は思い出せません。父と同じ言い方を自分がしているとは、妻に頼んだ日には気づいてもいませんでした。