
「大事な話があるんだ」を僕が録音の途中で飲み込んだ理由
不動産屋でもらった間取り図を、四つ折りにして鞄の内側にしまいました。三度目の内見で、ようやくここだと思える部屋に出会えたのです。彼女にはまだ、何ひとつ話していません。あとは会って、渡して、打ち明けるだけのはずでした。
文字をやめて、声にした
その部屋の前の歩道で、彼女にメッセージを送ることにしました。文字で打ちかけてはやめ、ボイスメッセージに切り替えます。最初の一言も決めてありました。「大事な話があるんだ」。なのに録音ボタンを押した直後、その始め方では悪い知らせに聞こえる気がして、迷いが生まれました。息を吸ったまま、僕はひと呼吸だけ待ちます。出てきたのは用意した一言ではなく、彼女の名前のほうでした。
「今度の休み、空けておいてほしい」
それだけ言って、送信しました。自分の録音は、一度も聞き返していません。
先に全部、整えるつもりだった
部屋探しは、ひと月ほど前にひとりで始めました。仕事のあとに寄り道をして、候補を順番に見て回ります。その分だけ彼女への返信は短くなりがちで、前から決めていた約束も延ばしてしまいました。鍵を持って報告するくらいが格好もつくと、自分に言い聞かせていました。
考えが変わったのは、あの部屋を見たときでした。日当たりも間取りも、彼女の好みが先に浮かぶ部屋です。ここから先は、ひとりで決めていい範囲ではなくなっていました。
録音への返事は、すぐに届きました。
「わかった。空けておく」
内心では、こちらと同じ温度の返事を期待していました。何も知らせていない相手にそれを求めるのは、ずいぶん身勝手な話です。