
「気になる彼は、わたしのことをどう思っているのだろう」こんな悩みを持っている女子が多いとみえて、意中の彼の気持ちをさぐる方法について書いてある記事が、連日ヒットしています。
■ふたつの問題点
悩まないほうがいい理由のひとつは、悩んでも意味がないからです。
つまり「気になる彼は、わたしのことをどう思っているのだろう」と思えば、それを聞くか聞かないか、であって、その中間地点でモンモンと考えても、さして、これといった答えが出てこないですよね?ということです。
が、恋愛するのがうまい女子でもない限り、こういう「聞くか聞かないか」という、竹を割ったような考え方にきっとならないですよね。
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ふたつめの問題点は、「自分はどうしたいのか」という視点が抜け落ちている、というものです。
彼にどう思われていようと、あなたはどうしたいのですか?という視点がない(あるいは、弱い)から、「相手が自分のことをどう思っているのか」を気にしちゃうわけですよね。
■二択からは答えは出ないけど・・・
昭和の時代がいいのか、平成の時代がいいのか、つまり「いつの時代があなたにとってよかったですか?」という、時代の選択を迫るようなテレビ番組があります。
まぁ、昭和も平成も、それぞれにいいところがあり、イヤなところがある、という意見が、わりとふつうなわけですが。
で、時代の二択の話題になれば、かならずといっていいほど、今の若い人たちは、管理されすぎているからかわいそうだ、と言う人が出てきます。
昭和の時代って、相手が自分のことをどう思っているのか、なんてことを考える人が、今より少なかったです。
たとえば親にどう思われているのか?を気にする子どもって、勉強しなさいとうるさく言う親の子どもに多くて、「べつにどこの学校に行ってもおなじだし」と考えている子たちって、そこまで親や、学校や塾の先生の顔色を気にしていなかったです。
恋愛もおなじで、いつの時代も相手の気持ちを推しはかって逡巡(しゅんじゅん)する人はいますが、それでも好きなら好きで、男子はデートのために車を買って、半年以上前からクリスマスに泊まるホテルの予約をしていました(今から思うとアホみたいですが!)。
女子は女子で、誰かとさっとつきあっており、相手の気持ちを推しはかりつつ恋に悩むような時代の風潮は、今ほど一般的ではなかった。
■妥協するしかなくなってきます、ホントに
若い女子のみなさんにコラムを書いていて、いつも思うのは、もっと自分が好きなように生きてみるといいのに、ということです。
あなたが相手の思惑に反したことをしても、相手は「ああ、そういう人なんだ」と思うだけです。それで嫌われることもあるかもしれませんが、好かれることもあります。それだけのことです。
が、今はやっぱり誰かに嫌われたら生きている心地がしないのか、LINEの着信に敏感になったり、あれやこれや、神経質になっていますよね。
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話は最初に戻ります。「やるか、やらないか」に尽きる、というところに戻ります。意中の彼に「わたしのこと、好き?」と聞くか、聞かないか、ということです。
聞いてフラれるのが怖いとか、傷つくのがイヤだというのはわかりますが(そんなの、いつの時代も、男女ともに怖いしイヤです)、そこのポイントを自分で超えないと、いつまで経っても話が始まらないです。
それに、そのポイントを自分で超えないと、自分に言い寄ってくる男子とつきあうことで妥協するしかなくなってきます。妥協してつきあえば、もしかすれば結婚まで、妥協した彼とするしかなくなるかもしれないのです。
それでもいいと言うのであれば、「どうぞご自由に」ですが、自分が理想とする彼と、理想の恋愛をしたいのであれば、一度は「そこのポイント」を超えてみては?
注射とおなじで、痛いのは一瞬です。その一瞬が過ぎれば、あとはパラダイスだということって、よくある話なんです。(ひとみしょう/ライター)