
「お母さんの夢は、私の夢じゃないよ」ピアノ教室の案内を前に、私は母へ告げた
本音を伝えた日、母はいつもの見送りの言葉を口にせず、私は実家を出ました。連絡が減って1カ月、母から届いた1枚の写真が、私たちの距離を少しだけ変えました。
申し込んだ覚えのない体験レッスン
差出人の欄には、母の字がありました。母は昔から、私にピアノを習わせたがっていました。母自身が子どもの頃、家の事情であきらめた楽器です。
案内には体験日まで書き込まれていました。私の仕事の予定を、母は一度も聞いていません。
電話をかけると、母は弾んだ声で言いました。
「先生に楽譜も預けておいたから」
繁忙期で休みが取りにくいと伝えても、母は発表会の日程について話し続けました。1人暮らしを始めて5年、家賃も生活費も自分で払っています。それでも母の中の私は、送り迎えが必要だった頃のままなのだと思いました。
自分で見つけたパン作り
子どもの頃から、習い事も進路も、母の勧めに沿って選んできました。応えると母が喜ぶため、それが親孝行だと考えていたのです。
ただ、休日に粉を量り、生地を寝かせ、焼き上がりを待つパン作りだけは、誰の勧めでもなく自分で始めました。
体験レッスンを断る言葉をメッセージの入力欄に入れては消しました。文章だけでは、母を責める言い方になるか、こちらの気持ちが伝わらない気がしたからです。
私は顔を見て話すため、実家へ行くことにしました。