
彼女の卵焼きを「まずい」と送った俺が、洗った保存容器を返すときに言えなかったこと
定食屋で甘い卵焼きを頼んだのは、自分の舌を確かめるためでした。けれど札が入るように撮った写真は、彼女にまったく別の意味で届いてしまいます。
父の口ぐせだった一文
実家の卵焼きは、いつも塩気のあるだし巻きでした。父は機嫌の悪い日に限って、食事の途中で箸を置き、母にこう言っていました。
「お前の作った飯、まずい」
母は笑って聞き流し、次の日には別のおかずを並べる。子どもの頃の俺には、それが家族の普通の会話に見えていました。
彼女に送った文面は、今思えばその言い方そのままでした。驚いた勢いで打って送り、2切れ目を口に入れると、甘さにはもう慣れていました。煮物まで残さず食べ終えたのに、送ったものを取り消すほどのことだとは思っていませんでした。
打っては消した返信
返信は、休憩が終わる前に届きました。
「そっか。もう作らないね」
いや、食べたけど。そういう意味じゃなくて。そう打っては消しました。ではどういう意味だったのか、自分でも説明できなかったからです。
既読をつけたまま、3日が過ぎました。彼女は今頃、自分の送った一文をどう受け取っているのだろう。
謝らなければいけないことは分かっていました。それでも、なぜ一口食べただけで「まずい」と決めつけたのか、理由が見つかりませんでした。まずは甘い卵焼きをもう1度食べてみようと思ったのです。