
改札の前で彼女を50分待った。手の中で冷めていく缶を握ったまま、俺が思い出していたこと
半年前、口から出たのは、自分が一番嫌っていたはずの言葉でした。改札の前で彼女に問われても、本当のことを言えば言い訳にしか聞こえない気がしたのです。
打ちかけて消したメッセージ
講座が終わる時刻に合わせて「改札の前にいるね」と送ったのは、俺のほうでした。
20分を過ぎたころ、「まだ?」と打ちかけて、送らずに消しました。講座の途中なら、通知は邪魔になるだけ。そう思ったものの、手持ちぶさたにスマホを出しては、またポケットに戻す繰り返しでした。
30分を過ぎて、自販機で缶のミルクティーを買いました。出てきたら温かいものを渡そう。そのつもりで握っていた缶は、少しずつ手の温度と変わらなくなっていきました。
待つ時間は、思っていたよりずっと長い。改札を抜けていく人を目で追ううちに、半年前のことが頭から離れなくなりました。
父がよく言っていた言葉
子どものころ、父は帰りが遅くなっても連絡をしない人でした。母は台所で、冷めた味噌汁を何度も温め直していました。父はそれを当然のように受け取り、「待つのが女の仕事だ」と口にしていたのです。コンロの前に立つ母の背中を見ながら、その言葉がずっと嫌いでした。
半年前、取引先との打ち合わせが長引き、40分遅れました。あと少しで抜けられる、と思っているうちに、連絡するタイミングを逃していたのです。改札の前で「連絡くらいしてよ」と言われ、言い訳も浮かばないまま、笑ってその場をやり過ごすように口から出たのが「待つのが女の仕事だろ」でした。
言った直後に、父と同じだと気づきました。けれど彼女は言い返さずに改札のほうへ歩き出し、取り消す言葉を探せないまま後を追いました。彼女がその話をしないのをいいことに、忘れてくれたのだと自分に言い聞かせていました。