
「あの場所には、来てほしくなかったんだ」俺がそう言った本当の理由
賑やかな店で交わす挨拶では、どうしても伝えられないことがありました。誘う言葉を何度も書き直しているうちに、彼女はもう背を向けているのです。
隣の席が、いちばん落ち着く場所だった
隣の席の彼女とは、入社してすぐの頃から何年も一緒に働いてきました。残業で二人になると、自販機のコーヒーを買って、どうでもいい話で笑い合いました。俺にとって、その時間が職場でいちばん落ち着く場所でした。
転勤が決まったとき、真っ先に頭に浮かんだのも、隣の席のことでした。大勢で「またね」と言って終わりにする見送りが、どうしても嫌でした。だから幹事には早めに頼んでありました。彼女には別の形で見送ってもらうから、送別会の招待は他のみんなと別にすると。
うまく言えなかった一言
机の私物を箱に移していると、彼女のほうから聞いてきました。「みんなで集まるお店、私も行っていい?」その瞬間、口から出たのは「あの場所には、来てほしくなかったんだ」という、本心とは正反対に響く言葉でした。本当は「あの場所では、別れたくなかった」と言いたかったのに、頭の中で順番が崩れて、拒絶の形だけが先に出てしまったのです。続きを足そうと口を開きかけたときには、彼女はもう背を向けていました。彼女の肩のこわばりが、俺の言葉がどう届いたかをそのまま映していました。