
始発の改札で駅員と敬礼を交わす小学生→毎朝見ていた私が、母親から聞いた話
落とし物を届けたホームのベンチで、男の子の母親が教えてくれたのは、私が通い始める前の数か月のことでした。窓口の駅員さんを見る目が、その日から少し変わりました。
黄色い帽子の小さな乗客
職場が移転し、秋から始発で通うようになって1か月ほどがたっていました。住宅街の小さな駅で、改札は1か所だけ。窓口に駅員さんが1人立っていて、改札の向こうにはすぐホームが見えました。
その改札で決まって見かけたのが、黄色い帽子にランドセルの男の子と、そのお母さんでした。男の子は改札機を通り過ぎると必ずこちらを向き、「おはようございます!」と声を張って敬礼していました。すると駅員さんも帽子のつばに手を上げ、「おはようございます」と返していたのです。
眠気の残る頭が、その場面で少しずつ起きていきました。ずっと前から続く、2人だけの決まりごとなのだろうと思っていました。
ベンチに届けた定期入れ
ある日、敬礼を終えた男の子がホームへ走り出した拍子に、青い定期入れがランドセルの横から落ちました。拾い上げて呼びかけましたが、男の子はもう黄色い線の手前で、電車の来る方向をのぞき込んでいます。
ベンチに座るお母さんに定期入れを差し出すと、何度も頭を下げられました。「すみません、ありがとうございます。この子、敬礼が終わるとすぐ走っちゃって」
隣に腰を下ろしながら、思わず出た言葉。「毎朝、あの敬礼を見るのが楽しみなんです」
お母さんは定期入れを膝の上に置き、改札のほうへ目をやりました。少し間があってから、「実は」と切り出しました。