
若い女子に取材をしていたら「恋愛のコスパ」について彼女たちが敏感になっていることに気づきます。
恋愛の「意味」とは?
恋愛とは、相手のことを想い煩う(わずらう)という意味です。
つまり、相手のことを想い、相手になにかをしてあげたいと思い悩む……こういう心の動きが「恋愛」です。
さらに言えば、費用対効果を考えつつ、相手からなにかをもらうことが恋愛ではなく、じぶんが相手になにをしてあげたか、というのが、本当は「恋愛のすべて」です。
矢印は双方向にあるのではなく、一方通行ということです。一方通行の矢印を持つふたりがいるから、自然と双方向に矢印が向かって、恋が成立する。
友情とおなじことですよね。
だから、カップルで黙って夕焼けを見て「きれいだねえ」と言うような、コスパが極めて悪い恋愛のほうが、恋の本質に即しているということになります。
わが子になにかをしてあげるかのごとく・・・
恋愛にコスパを持ち出してくるということは、「そこまで相手のことが好きではない」ということです。
これは、もっと歳を重ねてゆけば、自然と理解できるようになるかもしれません。
たとえば、40歳を過ぎて、独身で子どもがいない女性がいます。この女性は、まるで「わが子になにかをしてあげるかのごとく」彼に尽くしていたりします。
もちろん「重たくないていどに」尽くしているわけですが、もう「わが子になにかをしてあげるかのごとく」としか表現できないような愛情を注いでいたりする。
20代くらいの女子で、40歳以上の男性と交際したことがあるひとは、こういうことがなんとなく肌感覚でわかると思います。
ひとって「だれかになにかをしてあげたい」と、純粋に思う心を持っているのだろうと思います。
スナックに取材に行っても、こういう事例はいっぱい見ることができます。
60歳も過ぎているお父さんが、わが娘に接するように、カウンターのなかの女子に接している……なにかをしてあげたい、なにかをしてあげることによって、「おれが生きていた証」を残したい。
こういうことだろうと思います。
でも若いうちは・・・
恋愛という言葉が、コスパという概念を含まない以上、恋愛にコスパを持ち込んでも、いい恋愛にはならない。
でも、若いうちは、どうしてもコスパに敏感になるというのも理解できます。若いとなぜか生き急ぐので、恋愛となればコスパ!
これが悪いとは、だれも言えないように思う。
でも、年長者の恋愛でも眺めながら、「恋愛とは、相手のことを想い煩うという意味なので、相手のことを想い、相手になにかをしてあげたいと思う……こういう心の動きが恋愛なんだ」と、感じることも大事です。
もう、見ていて切ないくらいに「わが子になにかをするかのごとく」振る舞うんですよ、年長者は。
それは、そのひとが変態なのではなく、ひとという生き物が等しく持って生まれた、ひとつの心の動きなのだろうと思います。(ひとみしょう/ライター)
(古泉千里/モデル)
(柳内良仁/カメラマン)